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東京地方裁判所 昭和60年(刑わ)1514号 判決

主文

被告人を懲役二年六月に処する。

未決勾留日数中九〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、建設機械のリース等を目的とするP機械株式会社及び不動産業等を目的とするO株式会社の各代表取締役を務めるかたわら、全日本同和連盟中央本部副会長を名乗り他人の税務処理に介入して報酬を得ようとしていた者であるが、

第一  東京都江戸川区《地番省略》に居住して農業を営み、実父Fの死亡(昭和五八年七月一五日)により同人の財産を他の相続人と共同相続した分離前の相被告人A及び全日本同和連盟中央本部会長の地位にあった分離前の相被告人Cと共謀のうえ、架空債務を計上して課税価格を減少させる方法により右Aの相続税を免れようと企て、昭和五九年一月一七日、同都江戸川区平井一丁目一六番一一号所在の所轄江戸川税務署において、同税務署長に対し、被相続人Fの死亡により同人の財産を相続した相続人全員分の正規の相続税課税価格は七億一一五三万五〇〇〇円で、このうち右A分の正規の課税価格は四億七〇三万九〇〇〇円であった(別紙(一)相続財産の内訳((総額分))((A分))及び別紙(二)税額計算書参照)のにかかわらず、右Fには右Cに対して借入金二億八〇〇〇万円とその利息分一億六八〇〇万円を加えた合計四億四八〇〇万円の債務があり、右債務の連帯債務者であるR工業株式会社には右債務の弁済能力がないため右Fの相続人である右Aらにおいて負担すべきこととなったので、取得財産の価額からこれを控除すると相続人全員分の相続税課税価格は二億七一九三万円で、右A分の課税価格は一億五〇九〇万七〇〇〇円となり、これに対する同人の相続税額は四七一五万五六〇〇円である旨の虚偽の相続税申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同人の正規の相続税額一億五七一一万五六〇〇円と右申告税額との差額一億九九六万円(別紙(二)税額計算書参照)を免れた

第二  かねて、東京都足立区《地番省略》において農業を営んでいた分離前の相被告人Bが、実父Gの死亡(昭和五八年七月一日)により同人の財産を他の相続人と共同相続することになったことに伴い、昭和五八年一一月二二日、所轄西新井税務署長に対し、右Bら相続人全員分の相続税課税価格は五億六一九〇万七〇〇〇円で、このうちB分の課税価格は四億九七九六万三〇〇〇円である(別紙(三)相続財産の内訳及び別紙(四)税額計算書参照)ので、同人の相続税は二億一二一一万八三〇〇円である旨の相続税の申告を了していたところ、被告人は、右B、前記C、分離前の相被告人D及びEらと共謀のうえ、右Bの確定した右相続税の支払を免れようと企て、昭和五九年五月二四日、同都足立区栗原三丁目一〇番一六号所在の右西新井税務署において、同税務署長森居勝雄に対し、真実はそのような事実がないにもかかわらず、右Gが昭和五六年八月一九日付で貸主H、借主有限会社Q建設(代表取締役I)間に締結された二億五〇〇〇万円の金銭消費貸借契約につき連帯保証をしていたところ、同社が倒産し弁済不能となったため右Gの相続人である右Bにおいて代位弁済をすべきこととなったが、主たる債務者である右Q建設が無資力のため右代位弁済に伴う求償権の行使ができないので、取得財産の価額から右二億五〇〇〇万円にその利息一億二〇〇〇万円を加えた合計三億七〇〇〇万円を控除すると同人の課税価格は一億二七九六万三〇〇〇円となる旨の内容虚偽の相続税の更正の請求書を内容真実なるもののように装って提出して右相続税の減額更正を求め、更に、同五九年六月一日ころから同月一六日ころまでの間、三回にわたり、同都台東区根岸《地番省略》O株式会社事務所において、調査に赴いた同署資産税部門統括調査官河西哲也に対し、前記更正の請求書の記載と同様の詐言を申し向けるなどし、よって同月二〇日、同税務署において、前記森居をして、前記二億五〇〇〇万円とこれに対する相続開始日までの利息一億一二一〇万九五八九円を加えた合計三億六二一〇万九五八九円を新たに控除すべき債務として認容するので、右Bの課税価格を一億三五八五万三〇〇〇円とし、これに対する相続税額を三四八五万八七〇〇円とする旨の更正を行わせ、もって不正の行為により前記申告にかかる正規の相続税額と更正にかかる右相続税額との差額一億七七二五万九六〇〇円(別紙(四)税額計算書参照)の支払を免れた

第三  前記Bと共謀のうえ、同人が昭和五九年中に土地を売却したことにより同人の同年分の所得税を免れようと企て、同人に架空の連帯保証債務を計上するとともに、その履行のために同人所有の土地を譲渡し、その履行に伴う求償権の行使ができなくなったかのごとく仮装するなどの方法により所得を秘匿したうえ、昭和五九年分の同人の実際総所得金額が一五五万一四八四円で、分離課税による長期譲渡所得金額が三億二一七五万六二二八円であった(別紙(五)修正損益計算書参照)のにかかわらず、昭和六〇年三月一四日、前記所轄西新井税務署において、同税務署長に対し、その総所得金額が一五五万一四八四円でこれに対する所得税額は四万五三〇〇円であり、分離課税による長期譲渡所得金額は所得税法六四条二項によって零となるから、これに対する所得税額はない旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同五九年分の正規の所得税額一億一七二万四八〇〇円と右申告税額との差額一億一六七万九五〇〇円(別紙(六)税額計算書参照)を免れた

ものである。

(証拠の標目)《省略》

(争点に対する判断)

一  判示第二の主位的(本位的)訴因は、「被告人Bは、東京都足立区《地番省略》において農業を営んでいたところ、実父Gの死亡により同人の財産を他の相続人と共同相続することになったことに伴い、昭和五八年一一月二二日、所轄西新井税務署長に対し、同被告人ら相続人全員分の相続税課税価格が五億六一九〇万七〇〇〇円でこのうち同被告人分の課税価格が四億九七九六万三〇〇〇円であるので同被告人の相続税が二億一二一一万八三〇〇円である旨の相続税の申告を了していた者であり、被告人J、同C、同Dは、被告人Bから右申告によって確定した相続税を減額することについて相談を受けていた者であるが、被告人四名は、Eらと共謀の上、被告人Bの確定した右相続税の支払いを免れようと企て、昭和五九年五月二四日、同都足立区栗原三丁目一〇番一六号所在の右西新井税務署において、同税務署長森居勝雄に対し、真実はそのような事実がないにもかかわらず、右Gが昭和五六年八月一九日付けで貸主H、借主有限会社Q建設(代表取締役I)間に締結された二億五〇〇〇万円の金銭消費貸借契約につき連帯保証をしていたところ同社が倒産し弁済不能となったため右Gの相続人である被告人Bにおいて代位弁済をすべきこととなったが、主たる債務者である右Q建設が無資力のため右代位弁済に伴う求償権の行使ができないので、取得財産の価額から右二億五〇〇〇万円にその利息一億二〇〇〇万円を加えた合計三億七〇〇〇万円を控除すると同被告人の課税価格は一億二七九六万三〇〇〇円となる旨の内容虚偽の相続税の更正の請求書を内容真実なるもののように装って提出して右相続税の減額更正を求め、更に、同五九年六月一日ころから同月一六日ころまでの間、三回にわたり、同都台東区《地番省略》O株式会社事務所において、調査に赴いた同署資産税部門統括調査官河西哲也に対し、前記更正の請求書の記載と同様の詐言を申し向け、右河西から報告を受けた前記森居をしてその旨誤信させ、よって同月二〇日、同税務署において、同人をして、前記二億五〇〇〇万円にこれに対する相続開始日までの利息一億一二一〇万九五八九円を加えた合計三億六二一〇万九五八九円を新たに控除すべき債務として認容するので、同被告人の課税価格を一億三五八五万三〇〇〇円とし、これに対する相続税額を三四八五万八七〇〇円とする旨の更正を行わせ、もって前記申告にかかる正規の相続税額と更正にかかる右相続税額との差額一億七七二五万九六〇〇円の支払いを免れて同額の財産上不法の利益を得たものである。」というものであり、検察官は詐欺を主張するので、この点について検討する。

1  我が国における国の租税に関する規定は、国税通則法を中心に各種税法、国税徴収法、国税犯則取締法などにおいて定められているが、これらを総合したいわゆる租税法の体系を考えるとき、これらの規定は租税に関する固有の領域において、民事、刑事の一般法に対して優先的に適用されるべきものとしてほぼ完結的な法体系をなしているとみることができるのである。そして、租税債権の成立から徴収に至るまでの各段階において予想されるもろもろの違反行為についても、これら税法において違反行為の態様ごとに犯罪類型を定型化して立法されているものと考えられる。したがって、具体的な違反行為が税法の予定する犯罪類型に該当するかぎり、税法の適用を優先すべきものであって、軽々に一般法たる刑法の適用を論ずべきものでないことは多言を要しない。

2  ほ脱犯について相続税法六八条一項は、「偽りその他不正の行為により相続税又は贈与税を免れたものは五年以下の懲役若しくは五〇〇万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」と規定し、所得税法二三八条一項、法人税法一五九条一項などと同様のものであるが、検察官は、右のほ脱犯は、申告納税制度を前提として規定され、申告によって抽象的租税債権を具体的租税債権に確定させる段階における内容の真実性を保護法益とした犯罪、すなわち、ほ脱犯の規定は未だ確定していない納税額を確定する際に、過少な税額を記載した確定申告書を提出するなどして納付すべき確定税額をことさら正当税額より過少に確定させ、差額分に対する納税義務を免れたものを処罰する趣旨であると解すべきであり、したがって、このような類型に含まれない行為、例えば、詐術を弄して既納の税金の還付を受け、又は既確定の租税債務の納付を免れる行為は、国を相手とするそれぞれ一項又は二項詐欺を構成すべきものであると主張する。

しかし、相続税法等におけるほ脱犯は、国家的法益としての国の課税権を保護法益とする犯罪であり、右の課税権を保護するため、法は、納税者が納税義務を履行しないことにより国の租税債権を侵害し、租税収入の減少を来たす行為のうち、偽りその他不正行為を伴うものをほ脱犯として処罰することとしたものであって、所論のように申告時における内容の真実性ないし抽象的租税債権のみを保護法益とするものと解すべきではなく、したがって、ほ脱犯の成立範囲を所論のように申告時における未確定の租税債権の過少確定行為に限定すべき理由はない。たしかに、申告納税制度は、納付すべき税額が納税者のする自主申告により確定することを原則とし(国税通則法一六条一項一号)、したがって、申告納税制度のもとでは、納税者が申告にあたり納付すべき税額を虚偽過少に確定させることによって正規税額と申告税額との差額を免れる行為が右のほ脱犯の原則的犯罪類型となるものではあるが、それは、法が納税者の自主申告によってまず正しい納税義務の履行を期待しているところから、納税者が法の期待に反して税を免れる意図で虚偽過少の申告をし、納期までに正しい納税をしないことにより、国の租税収入が減少することとなるからにほかならないのであって、この場合、課税要件の充足によってもたらされる抽象的租税債権が納税者の申告により具体的確定を妨げられたことが直ちに租税収入の減少につながるわけではないのである。もちろん、虚偽過少申告等によって正当税額より少ない税額において租税債務が確定された場合、申告納税制度においては、更正という別個の行政行為を必要とするのに反し、正当税額において租税債務が確定すれば、この給付は国において強制することもできるので、租税債権の満足を得ることがたやすくなるということは否定できないが、税の確定手続は納税義務の履行ないし強制への一過程にすぎず、「納税義務の適正な履行」そのものではない。ほ脱犯の構成要件上も右のような意味における確定妨害を要件とするものとは解されない。また、右国税通則法の規定によれば、申告納税制度においても、納税者の申告による納付税額の確定は、あくまで原則であり、納税者の申告がない場合又はその申告に係る税額の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかった場合その他当該税額が税務署長の調査したところと異なる場合には、税務署長の処分により確定するものとしているのであり、申告による税額の確定は、その後の行政処分による確定がない場合の一応のものということができるのであって、いったん申告により納付すべき税額が確定し、一応具体的租税債権に転化した後においても、不正行為によりその義務の履行を免れることにより租税収入の減少を来たす場合には、法は、これをほ脱犯として処罰することを予定しているものと解すべきである。

もっとも、法人税法一五九条一項は、「第七十四条第一項第二項(確定申告に係る法人税額)(中略)に規定する法人税の額につき法人税を免れ」と規定し、あたかも同条のほ脱罪が確定申告時における税ほ脱行為に限定して成立するかのごとくである。しかし、右規定は、同法七四条一項二号と統一的に解釈すると、「正当な税額計算の方法により計算した法人税額」の意味に理解されるのであり、したがって、右規定を根拠としてほ脱犯の対象となる行為を確定申告時のそれに限定することはできない。この点は所得税法二三八条一項の規定についても同様である。

次に、検察官は、物品税法には四四条一項二号において不正受還付罪の規定が設けられているのに対し、相続税法、所得税法等には更正請求に基づく不正受還付については何ら規定が設けられていないことを理由に、税法が、このような場合には一般法たる詐欺罪の適用を予定していると主張する。物品税法四四条一項二号は、課税済みの物品を輸出し、特殊用途に供し又は返還し若しくはもどし入れた場合等に納付済みの物品税の還付を受けることができる旨の規定を利用し、不正の行為により、還付を受け又は受けようとした場合をほ脱犯と同様に扱っている。そして、納付済みの税金に係る不正受還付犯の規定は、所得税法二三八条一項(純損失の繰戻しによる不正受還付)及び法人税法一五九条一項(欠損金の繰戻しによる不正受還付)にも存するのであるが、これらは、税の納付により国の租税債権が消滅した後において、新たな事由を主張して国から不正に還付を受ける点において通常のほ脱犯の類型には入らず、国を相手方とする詐欺罪に酷似するものであるところ、税法上納付済みの税金を後発的事情によって還付できる旨の規定が設けられており、当該規定に基づき納税者が不正に税金の還付を受ける行為は、納付前の税金を免れる行為と同様の行政犯的性質を持っているところから、法はこれを詐欺罪とは異なる刑罰をもって臨むこととし、ほ脱犯の一類型としたものと解すべきであるから、右規定を根拠に、検察官所論のように、同一の課税要件に基づく税額確定後の内容虚偽の更正請求を伴う不納付をほ脱犯に問擬できないものではないのみならず、より詐欺罪に酷似する右の不正受還付犯を法がほ脱犯の一種として規定した趣旨に従えば、右更正請求を伴う不納付はよりほ脱犯の類型に親しむものである。

また、終戦前の相続税法は賦課課税方式を採用していたが、当時の同法二四条は、「相続税ノ逋脱ヲ図リ又ハ逋脱シタル者」と規定し、未遂をも処罰していたところ、昭和二二年の申告納税制度の導入により未遂罪の規定が削除されて今日に至っている。しかし、所得税法も終戦前は賦課課税方式を採用していたところ、当時のほ脱犯には未遂を既遂と同様に処罰する規定がなかったものであり、したがって、申告納税制度の採用に伴う前記相続税法の改正は、罰則を所得税法と統一的に整備したにすぎないもので、申告納税制度の採用により、ほ脱犯の対象となる行為を特に税額確定前の行為に限定する趣旨に出たものと解すべきではない。現に申告納税制度の採用に伴う法改正当時の立法担当者の解説等によっても改正後のほ脱犯の対象となる行為を検察官所論のように限定していないことが明らかである。

以上によれば、納期限を徒過した後においても虚偽の期限後申告、虚偽修正申告、収税官吏に対する虚偽申立てその他の不正行為を行い、その当時なお履行が期待されている租税債務について、正しい履行をしなかった時には租税債権が侵害されたと認められ、ほ脱犯が成立すると解されるが、右と同様、申告等により納税額が確定した後、税の納付を免れる目的で内容虚偽の更正請求を行うなどの不正行為を行い、正しい履行をしなかった時にも、租税債権が侵害されたと認められるのであって、租税法の体系上ほ脱犯として処罰することが予定されていると解される。

3  これを本件についてみるに、分離前の相被告人Bは、昭和五八年一一月二二日、自己の相続税が二億一二一一万八三〇〇円である旨の正規の相続税の申告を終えていたものであるが、判示第二記載のとおり、被告人らと共謀のうえ、同五九年五月二四日、西新井税務署長に対し、架空の連帯保証債務を計上するなどして右申告税額を減額すべき旨の更正請求書を提出し、更に、税務調査に赴いた同税務署担当者に対し、右請求書の内容が真実であるかのように欺罔工作などを行い、よって、同年六月二〇日、同税務署長をして右Bの相続税額を三四八五万八七〇〇円とする旨の更正を行わせ、不正の行為により一億七七二五万九六〇〇円の支払を免れたのであるから、相続税ほ脱罪が成立するものというべきである。

したがって、主位的訴因は採用できず、予備的訴因を認定した次第である。

二  次に、弁護人は、判示第三に関し、被告人が共犯者Bと同人の所得税を免れるために共謀した内容と実際に確定申告において行われた不正の手段・方法及びほ脱額が著しく相違しており、かつ、被告人は、右Bの確定申告書の作成及び提出に全く関与していないから、右は、Bが被告人を除外しL税理士らと新たに相談して行ったもので、被告人は、右Bとの当初の共謀関係から離脱したものというべきであり、したがって、同人との共同正犯者として問擬できない旨主張するので、この点について検討する。

関係各証拠を総合すれば、被告人は、昭和五九年三月二五日ころ、判示第二の更正請求を請負った件で共犯者Bと約定書を交した際、右更正請求の報酬をBが土地を売却した金で支払うのであれば、その譲渡にかかる所得税の申告についても脱税を請負う旨述べて勧誘したこと、右更正請求に際し、被告人は、それに計上した架空債務が実在するように装うため、金銭消費貸借契約書をねつ造し、また、被告人の経営するO株式会社がBに代わって右債務の債権者に弁済した形を作出する銀行送金の操作を行うなどの不正工作を行ったこと、昭和五九年六月一〇日すぎころ、被告人は、当時顧問税理士であったL税理士に会い、保証債務を履行するために土地を売却した場合には所得から控除されることを確認したこと、同日、被告人は、Bらに対し、L税理士を相続税の更正請求及び来年の所得税の申告をやってもらう税理士として紹介し、Bもこれを了承したこと、同日、被告人とBとの間で、トヨタカローラ足立株式会社に売却した土地の所得税申告につき、被告人が一五〇〇万円で請負う旨の合意が正式に成立し、被告人は、同月二〇日、右報酬を受領したこと、被告人は、B側から、東京日産販売株式会社に売却の土地代金についてもその税申告を請負って欲しい旨の依頼を受けたが、Bの代理人的立場にあったKに対し、右代金約三億二〇〇〇万円のうち二億二〇〇〇万円までは引き受けられるが、残りの一億円は枠外になる旨話したところ、Kは、必要経費等で約一億円計上できるので、右数字で税金がかからないようになる旨述べたこと、そして、右日産の請負代金として、同月二九日、三〇〇〇万円を受領したこと、被告人が所得税ほ脱の不正手段として考えていたのは、前記更正請求で計上した架空債務を履行するために右二つの土地を売却したことにするなどの方法であり、B側も了解していたこと、被告人は、判示第二の更正処分後の税務調査に立ち会ったL税理士の助言に基づき、更正請求に計上した債務の架空であることが発覚しないように、O(株)からBあての三通の領収証をねつ造するとともに、右領収証に合わせた銀行送金の実績作りに協力し、右領収証が、確定申告手続に使用されたこと、同年一一月二七日ころ、被告人はL税理士と仲違いしたが、同税理士はBの件については従前どおり仕事をする旨述べ、被告人もこれを了承したこと、その後所得税の納期限が徒過するまでの間、被告人がBに対し受領済みの報酬を返還したり、所得税ほ脱の件を辞めたい旨の申し出をしたことはないこと、かえって、昭和六〇年二月ころ、L税理士に対しBの所得税の件がどうなっているのかを確認し、本件を継続して依頼する意思で電話で連絡をとろうとつとめたこと、そして、同年三月、L税理士は、被告人が相続税の更正請求書に計上した架空債務をBが履行するために前記二つの土地を売却したこと等を内容とする確定申告書を作成し提出したこと、等の事実が認められる。被告人は、当公判廷において右の事実関係につき詳細に供述して、右供述と異なる被告人の検察官に対する供述調書の任意性を争うが、右認定にかかる本件の経緯は、概ね被告人自身の公判供述、関係者の証言及び供述調書等によって充分に認定できるのみならず、被告人が検察官に対する供述調書につき任意性を争うに至った経緯、被告人の供述する捜査段階における取調べの経緯等にかんがみると、被告人の検察官に対する各供述調書の任意性につき疑いを生じさせるものではない。

以上によれば、被告人は、Bとの間で、判示第二で計上した架空債務を使用し、その履行のために二つの土地を譲渡したように装い土地の代金からそれを控除して申告し所得税をほ脱するという共謀を遂げたものであり、他方実際に、行われた申告行為も右架空債務を利用して(ただし、金額は、三億三二三九万五〇〇一円の範囲で使用)その範囲内で、それを履行するために売却したかのごとく装った内容で行われているのであって、右共謀と右ほ脱方法との間には、格別のくい違いはないというべきである。(なお、被告人がKに述べた二億二〇〇〇万円の枠の話は、所得税をほ脱するために、前記架空連帯保証債務のほかに、新たに別の架空債務を計上する意思はない旨述べたに過ぎないと解される。)

また、被告人が前記L税理士と仲違いしたことにより、犯意を放棄したものでないことは前認定のとおりであり、また前認定によればL税理士らがその後被告人と連絡をとることなく、判示の申告行為に及んだのは、仲違い以前の段階で被告人から右申告に必要な領収証等を徴していたことにより、あらためて具体的な相談をする必要がなかったことによるものと認めることができるから、右の仲違い以後本件共謀が解消したとか、被告人が共謀から離脱したとかいうことはできないし、本件申告行為が被告人とBとの前記共謀に基づき行われたことは明らかである。被告人の当公判廷における供述中右認定に反する部分は、他の関係各証拠に照らし、にわかに措信しえず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

よって、弁護人らの右主張は採用できない。

(法令の適用)

一  罰条

判示第一及び第二の各所為につき、いずれも刑法六五条一項、六〇条、相続税法六八条一項、判示第三の所為につき刑法六五条一項、六〇条、所得税法二三八条一項

二  刑種の選択

判示第一ないし第三の各罪につき、いずれも懲役刑を選択

三  併合罪の処理

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第二の罪の刑に加重)

四  未決勾留日数の算入

刑法二一条

(量刑の事情)

本件第一の犯行は、職業的脱税請負グループの一員である被告人らが、実父の財産を共同相続し、多額の相続税を納付することとなった分離前の相被告人Aを巧みに誘い、分離前の相被告人Cも加えて判示の共謀を遂げたうえ、架空の連帯債務を計上するなどして右Aの相続税一億九九六万円をほ脱したというものであり、また、判示第二の犯行は、被告人が、いったんは正しく相続税の申告をした分離前の相被告人Bに対し、脱税を勧めてこれを決意させ、右C及び分離前の相被告人Dらとも共謀のうえ、右Bの相続税の支払を免れようと企て、架空の連帯保証債務を計上するなどして税務署長に更正を行わせて一億七七二五万円余をほ脱したというものであり、判示第三の犯行は、前記Bと共謀のうえ、所得税法六四条二項の規定を悪用して所得税一億一六七万円余をほ脱したものであって、その犯行態様は金銭消費貸借契約書、領収書、手形などをねつ造したり、弁済の事実を作出するために銀行送金の実績を作ったりするなど、極めて計画的かつ巧妙で、ほ脱税額はいずれも高額であり、ほ脱率も判示第一の相続税法違反が約六九パーセント、同第二が約八三パーセント、同第三も土地の長期譲渡所得税については一〇〇パーセントといずれも高率であり、加えて、同和団体の勢威を背景に判示第一の申告行為及び同第二の更正請求行為を行うなど、全体としての犯情も甚だ悪質である。

被告人は、建設機械のリース等を目的とするP機械株式会社及び不動産業等を目的とするO株式会社の各代表取締役を務めるかたわら、全日本S連盟中央本部の副会長を名乗り他人の税務処理等に介入して報酬を得ることを業としようとしていたものであるが、知人に対し、税務処理を依頼する人を紹介してくれれば手数料を支払うとして呼びかけており、本件の各依頼者もこのようなルートを通じて捜したものであり、利益を得る目的で脱税を積極的に行った点において一層非難されてしかるべきであるのみならず、被告人は、判示第一では、架空債務の内容を発案し、自己がかつて実質的に経営していた会社をその債務者とした金銭消費貸借契約書をねつ造するなどし、判示第二では、計上する架空債務の内容を決定して同契約書をねつ造し、更正処分前の税務調査に対して、債務が実在するかのように装うために、自己が経営するO(株)がBに代わって弁済する旨の契約書をねつ造したうえ、同社の名前で金を動かして弁済を偽造し、更に、更正処分後の税務調査で発覚しそうになるや、前記Bが右O(株)に立替金を弁済したように装うため、領収証をねつ造し、かつ、銀行送金の実績作りに協力するなどし、判示第三では、前記のような工作を踏まえたうえで、税申告を依頼する税理士として、当時自分の顧問税理士だった者を紹介して、申告書の作成・提出に関与させるなど、本件各犯行の首謀者として主導的に実行したものであり、さらに本件の依頼者らから、脱税の報酬(納税分を含む)として合計二億円を超える金員を手にしており、そのうち一億円を超えるものを被告人自身の利得としていること、にもかかわらず、未だ依頼者に対し、その利得の返還をなんら行っていないこと等を考慮すると、被告人の責任は重大であるといわざるを得ない。

したがって、判示第三においては、確定申告書の作成及び提出には、被告人は直接関与しなかったこと、これまで前科前歴がないこと、今後は地道な生活を送りたい旨述べるなど反省の態度を表していること、その他被告人の生育歴、家庭の事情等、被告人に斟酌すべき事情を最大限に考慮しても、前記責任の重大性に鑑み、執行猶予に付すべき事案とは認め難く、主文程度の実刑はやむを得ないと判断した次第である。

(求刑 懲役三年六月)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小泉祐康 裁判官 田尾健二郎 鈴木浩美)

〈以下省略〉

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